1 はじめに
今回は、実店舗での販売における、ダイナミックプライシングと、その導入に必要不可欠な電子棚札について、事例紹介および考を行います。
2 ダイナミックプライシングの意義
2.1 原始的なダイナミックプライシング
もっとも原始的かつ身近なダイナミックプライシングは、スーパーの値引きシールです。夕方以降のスーパーで、店員さんが「何%オフ」と書かれたのシールを貼って回っている姿をご覧になられたことはあるでしょう。
しかし、具体的な値下げ幅は、先例と勘の要素が強く適当に値段をつけているのが現状です。
その上、商品一つ一つにシールを張り付けなければならないため、大規模スーパーでは無視できないコストとなります。
そこで活躍するのが、ダイナミックプライシングと電子棚札です。値付けのAI アルゴリズムによって、食品ロスを減らしながら売り上げを向上させます。
さらに簡易的なパソコン操作により一括変更が可能となり、値段変更通知の手間を激減させることができます。
2.2 電子棚札
実店舗小売店における、価格付け自動化に不可欠な道具です。必要な役割は「受信した価格を表示する」のみです。
レジから会計情報を受け取り、AI により新価格を算出し、それをレジと電子棚札に送信します。一般に電子棚札はボタン電池一つで数年持つようです。
以上をまとめると電子棚札の主なメリットは次の二つです。
- ダイナミックプライシングを容易に導入できる
- 値札交換や割引シール貼り付けの手間削減
2.3 ダイナミックプライシングが有用な商品
どのような商品であっても、ダイナミックプライシングを導入すればよいわけではなく、著しく費用対効果の乏しいタイプの商品も存在します。
一定時間あたりの価格の下落幅が大きく\(^{\ast 1}\)、値段の変化が売り上げに影響を与えやすい商品がダイナミックプライシングによる影響を強く受けます。
また、AI を用いる都合上、日々多数の商品が売れている製品に対して、より成果をあげることが期待できます。
よって、ダイナミックプライシングを導入する効果が特に高いと考えられるのは、「生鮮食品・総菜」と「電化製品」です。
前者は1~2 日で売らなければ廃棄となるため、在庫を抱えることそのものが多大なリスクとなります。
後者は食品ほど急激な値崩れはしませんが、額が大きいため、AI でのしっかりとした利益最大化の効果が強く表れるでしょう。
\( ^{\ast 1} \)相対的ではなく絶対的な話幅です。
3 実現のため技術的課題
3.1 商品取得と会計のタイムラグに伴う問題
商品を棚からとって、他の商品を見ながらレジに向かう間に、値段が変わってしまう可能性があります。
一つの解決方法としては「一日の営業の中で、値段を下げることはあっても上げることはない」という形にすることです。
売り上げは落ちますが、「商品をとった時より高いじゃないか!」というクレームが来ることはありません。
お客様の心理を考えれば、少しばかり損をしてでも結果的に売り上げが向上する可能性があります。
商品をもって歩き回れば勝手に値段が下がっていきますが、実際その悪影響がどの程度あるかは今後実験で確かめていくしかないでしょう。\(^{\ast 2}\)
3.2 スマートレジカート
中国の一部などで導入されている方法です。日本でも後述の大規模小売店であるトライアル社が、このシステムを用いています。
これは、カートに入れた瞬間の値段をカートシステムが記録しておくというものです。カートに付属するタブレットに記された値段で最後に会計します。
また、商品在庫をリアルタイムで把握できるので、より実態に沿ったダイナミックプライシングが行えますが、電子棚札とくらべて劇的に増大する導入コストに見合った性能向上が実現できるかは、今後実検証が必要となることでしょう。
電子棚札のみのシステムによる買い物中の値段変更の問題が起きず、ダイナミックプライシングを行うにあたって最も都合のいい方式ですが、初期導入コストが電子棚札よりもさらに大幅に高くなります。
無人化、半無人化においても大きな効力を発揮するたえ、ゆくゆくは導入されていくと考えられますが、まだ先の話でしょう。
電子棚札とダイナミックプライシング、実事例と考察
4.1 実事例
海外におけるダイナミックプライシングの事例2つと、日本における電子棚札導入事例を紹介します。
4.1.1 Wastless の事例
世界において、Wastless がスーパーにダイナミックプライシングを導入し成功した事例として有名です。
Wastless 社はイスラエルのスタートアップ企業であり、アルゴリズムは非公開ですが、機械学習を用いたダイナミックプライシングの技術を活用しているようです。
スペインの大手小売りスーパーマーケットでの実証では、食品排気量を32.7 % 削減、売り上げを6.2 %向上させました。
4.1.2 Integrate Retail Ltd & Singular Intelligence
イギリス企業です。Singular Intelligence 社がAI 企業、Integrate Retail Ltd 社が電子棚札の会社です。
こちらは単純なダイナミックプライシングを行うだけでなく、顧客データ分析や店舗の分析と言った、ビッグデータ的な取り組みも行っているようです。
ダイナミックプライシングにおける数値上の成果は現時点では不明です。
4.1.3 日本での電子棚札導入事例
日本では、ノジマ社やトライアル社などが電子棚札の導入を行っていますノジマ社は電子ペーパーを用いた、値札はりかえの手間削減という形で電子棚札を導入しています。
ダイナミックプライシングを主な目的としない電子棚札導入は、主に値札張り替えのコスト削減が主軸となります。
トライアル社は、2018 年から大野城点にて、電子棚札を導入しています。冷凍ケースの中でも使えるように低温耐性のある電子棚札を用いています。
こちらはダイナミックプライシングを用いているようですが、現時点では機械学習的手法を用いている確証が見当たらなかったため、こちらに分類させていただきました。
4.2 小売実店舗でのダイナミックプライシングにおいて、有用なアルゴリズム考察
小売実店舗におけるダイナミックプライシングには、弊社の開発した。在庫処分モデルというのが向いていると考えられます。
この手法は食品に限らず、期日までに売り切らなければならない商品のダイナミックプライシングに使われる方法で、分布型強化学習や、効用関数を用いた手法となっております。
食品のような足が速く、廃棄コストが高額で売れ残りが損失に直結する状況では\(^{\ast 3}\)、貪欲な利益最大化よりも、この在庫処分モデルが目標とする「安定的に利益を確保する」のほうが長期的には有用だと考えられます。
このリスク管理型強化学習は、弊社が非常に得意とする領域であり、今後も研究開発を進めてまいります。
\( ^{\ast 2} \)現状の導入事例からは、値段を下げるために無駄に歩き回るようなことをする人は、店舗運営に悪影響が出るほどではないと考えられますが、日本中のあらゆるスーパーマーケット等でも同様になるかは定かではありません。
\( ^{\ast 3} \)家電量販店も不良在庫を抱えると何かと問題が起きますが、戦線食品の売れ残りほどは損失に直結しません。